口コミ24件
- コー大学への投稿
- 国際色、日本人比率5.0
- 元在校生(通学期間:2012年1月~2012年3月)2016/01/29
- 将来に何になりたいか。将来の夢を探しに、または将来の夢を追いかけて留学する人もいるのではないでしょうか。では、留学先にいる学生はどんな夢を持っているのでしょうか。 Coe Collegeに留学した当時、私は公務員を目指していました。安定して落ち着いた人生を過ごしたいからです。その為に公務員試験に向けて勉強をしている時に海外のことも知ろうと留学しました。しかしそこにいたのは、皆明るくてユニークな人ばかりで、私みたいな堅い人は一人もいませんでした。すると留学が進むにつれて私も己の堅い部分が柔らかくなり、周りと同じくユニークな人間となっていました。 ある時、私はルームメイトから将来の夢について聞きました。すると彼はこう答えました。「ミュージシャン」。他の学生にも同じ質問をしました。「サッカープレーヤー」「バスケットボールプレーヤー」。彼らは20歳を超えています。しかし未だに将来の夢が大きいのです。これは昔からの夢だという彼らは常に大きな夢を持って生活しています。 公務員なんか小さな世界を目指しいていた私が馬鹿らしくなりました。世界の広さを知った私はもっと大きな夢を目指したいと思うようになり、公務員でなく芸能界に行く決心をしました。昔から演技が好きで役者に興味があった私は留学中に芸能事務所に連絡を取って書類審査を行い、帰国と同時にオーディションを受けて役者への道に進み始めました。 CoeCollegeでの留学は私の人生を180度変えてしまいました。今は留学したことが正解だと思っており。生涯忘れることのない経験となりました。
この口コミは参考になりましたか? URL
- コー大学への投稿
- 遊び5.0
- 元在校生(通学期間:2012年1月~2012年3月)2016/01/29
- スポーツは万国共通の遊びです。アメリカではルールを知っていれば簡単に仲間に入れてくれます。私も仲間に入れてもらいましたが、日本でみんなとやるスポーツとは少々違いました。 体育館でサッカーやろうと誘われて、運動が得意な私は喜んでは参加しました。しかし体育館でやるには室内シューズを持っていません。すると一緒に来たCoe Collegeの学生が貸してくれました。彼は裸足でサッカーをするとのことです。彼はゲームが始まると靴の有り無し関係なしに動き回り、逆に靴など不必要に思う程の動きでした。集まった人数は全員で9人だった為1人余ります。その余った1人は見学。というわけでなくゲームに参加しており、現状で負けている方のチームに加勢するという特別なポジションで参加していました。これも日本では知らなかったルールです。 日本と最も違うと思ったのが彼らのプレーです。場所は体育館なのに急にオーバーヘッドキックでシュートを入れようとします。芝生でない固い床に頭をぶつけてもシュートした彼は笑っています。他にも世界でも数人しかできないと言われているハンドスプリングスローを真似て一回転してスローインをしたりと、その度胸と身体能力に驚きました。日本のみんなで楽しんでやるサッカーとは少し違い、私はその豪快なプレーに私は圧倒されました。 豪快なのはサッカーだけではありません。Coe Collegeにはバスケットコートもあります。そのコートで行うバスケットではダンクシュートを当たり前のように決めています。身長が190cmを超えるCoe Collegeの学生らが行うスポーツは日本とは別格と言っていいでしょう。 私は運動が得意といっても彼らのようなプレーはできません。なぜ、あんな豪快なプレーを平気でできるのか。日本とアメリカの違いですね。
この口コミは参考になりましたか? URL
- コー大学への投稿
- 遊び5.0
- 元在校生(通学期間:2012年1月~2012年3月)2016/01/29
- 留学では自分より先に現地に留学していた人が必ずいます。その日本人留学生が現地の学生に日本についての何を教えたのか。私はとても興味を持ちました。 私がCoe Collegeに留学して間もない頃、とある学生が初対面の私に挨拶をしてきました。「ヘイ!○○○!」私は唖然としました。いきなりの下ネタです。どこの日本人留学生が教えたのか、どこでそんな言葉を学んだのか。笑うしかありません。すると彼は私が笑ったことに対して「イエス!」とガッツポーズをして喜びました。つまりこの挨拶は日本人とのユニークな挨拶として学んだことなのでしょう。 日本では「たけのこゲーム」というのがあります。「たけのこにょきにょき、にょきっにょき」と言って他の人と重ならないように「1にょっき」「2にょっき」と数を言っていくゲームです。それがこのゲームをCoe Collegeの学生も遊んでいました。ただし言葉が違います。「バンブーバンブー、バンブーブ」といって数を言っていきます。バンブーとはたけのこという意味です。そして数字を言うと同時に頭の上で手を合わせてたけのこの形を作るポーズもしていました。これを「バンブーゲーム」といい、日本のゲームが英訳されてアメリカでも遊ばれています。 他にも「ニンジャ」というみんなで固まって一人ずつ動いて切られたら負けという私も知らなかったゲームもしており、このような日本の文化?を一体誰が、いつ、どのようにCoe Collegeの学生に教えたのかがとても気になりました。
この口コミは参考になりましたか? URL
- コー大学への投稿
- 国際色、日本人比率5.0
- 元在校生(通学期間:2012年1月~2012年3月)2016/01/27
- 留学先へ留学をするのは自分たちだけではありません。他の国からも、他の学校からも他の生徒が留学してきます。留学生にとって出会いは多く存在しているのです。 私がCoe Collegeに留学をした初日に空港まで迎えに来たのは、某有名大学の留学生2名でした。彼らは私たちより半年先に留学しており、長期留学の為Coe Collegeに滞在しているとのことです。留学先で一緒に来た留学生と2か月間ずっと一緒にいないと不安だという気持ちもありました。しかし、他の大学から日本人留学生がいることを知って私は安心しました。その後、その留学生らに大学内を案内していただいて、到着したその日から飲み会が行われました。まずは知らない外国人より、現地にいる日本人との交流を深めるために行われたそうです。 そして彼らが仲介となり、Coe Collegeの学生との仲を作るきっかけを作ってくれました。短期留学で友達など作る暇もなく帰国してしまうかもしれない私たちにとっては非常に有難い心遣いでした。Coe collegeでは世界中から留学生が集まっており。私が知るだけでも中国人、ロシア人、イギリス人、韓国人、ベトナム人が滞在していました。日本人留学生である彼らとも友達になり、パーティにはよく一緒に参加しました。英語がはせない私はたまに通訳をお願いすることもありましたが、留学後半となると彼らの手助けもなしに留学生活楽しむことができました。 留学は孤独なイメージを持っている方もいるかもしれません。しかし現地に日本人はいるはずです。心強い味方を探してください。
この口コミは参考になりましたか? URL
- コー大学への投稿
- 学校の雰囲気5.0
- 元在校生(通学期間:2012年1月~2012年3月)2016/01/27
- 留学に行けば必ず別れがあります。ずっとその国にいたいという気持ちが残れば、それは最高の留学であったと言えるでしょう。 私は留学を終える1週間前から荷造りを始めました。2か月間使っていた机や引き出しが空になっていくのがとてもさみしく思いました。そして今までお世話になった学生たちへの感謝の気持ちが一杯です。それはCoe collegeの学生だけでなく、他の国の留学生、一緒に来た留学生らも同じです。そこで私は私なりの感謝を込めてプレゼントをしました。習字で一人一人それぞれに合った言葉を日本語で書いて、その意味を英語で記載してプレゼントしました。 中でも寂しいのが共に過ごしたルームメイトとの別れです。いつも楽しく接してくれて、私にニックネームをくれたルームメイトへは私の学生証をプレゼントしました。しかしそのルームメイトは出会った日と同様に、別れの日も女性を連れてベッドインしていた事が衝撃的な別れとなりました。先生には留学生ら全員がお別れを告げて、泣いている人もいました。たった2か月の留学で出会っただけで、ここまでの気持ちになるとは思いませんでした。出会った人とは今でもFacebookで繋がっており、時折メッセージを交換しています。 このアメリカでの出会いが私の人生を変えたことは確かです。今でも決して忘れることのない私の留学時代の話でした。
この口コミは参考になりましたか? URL
- コー大学への投稿
- 講師5.0
- 元在校生(通学期間:2012年1月~2012年3月)2016/01/27
- アメリカへ留学する際は日本から付き添いの先生が来ることは少ないです。現地の先生に会って、現地の先生から説明を受けて、現地の先生の授業を受けることになります。私が出会った先生は少し変わった先生でした。 空港にて待っていた先生は白髪で少し小太りした先生。まるでカーネルサンダースに似ていると思っていたら、自分で「アイアム カーネルサンダース」と言い始めました。アメリカ流の緊張をほぐすためのジョークです。もう一人の先生は少し年配で、白髪の女性でした。この方は真面目で、ジョークを言うことはありませんでした。 Coe Collegeでお世話になったのは主にこの2人の先生です。英語を教えるだけでなく、学校内での休暇やイベントなど、様々なことについて教えてくれました。そして日本の大学とも話を通してくれたのがこの先生方です。私がミズーリ州に一人で行くと言った時に日本の先生や両親とも確認をとり、旅行中も電話で確認をするなど、常に私の安全の確認をしてくれました。また、現地でホームスティをする予定が、2人分泊まれなくなった時がありました。するとホームスティをしなかった私を女性の先生が街へと連れて行ってくれました。 Coe Collegeは留学が盛んな大学なので、先生方も私たち留学生に合わせた親切な行動をとってくれます。
この口コミは参考になりましたか? URL
- アメリカへの投稿
- 総合コメント4.0
- 元滞在者(滞在期間:2012年1月~2012年3月)2016/01/27
- アメリカに語学留学する人は多いです。英語を学べば将来必ず役に立つといわれているからです。その為には事前に英語を学んでおかなければ留学できないと思っている方もいるかもしれません。しかし私は英語を全く話せないままアメリカへ行きました。 私の英語力は最低ランクです。出国1週間前に5W1Hの意味を理解しました。そして留学中にThis isのisの意味を初めて知った程の英語力です。 そんな私が武器にしたのは積極性です。誰かと出会ったら「ハイ!」と手を挙げて挨拶をして、ハイタッチを行う。どんな人相手でも堂々として片言の英語と英単語を並べて会話をする。会話が通じない場合はジェスチャーや地図を利用する。そんなコミュニケーションで私はCoe collegeで2か月過ごしました。無論、Coe Collegeでも英語の授業はありました。しかし全くわからず授業を受けていないに等しい形だけの出席です。 もう一つの武器が持参したカメラです。日本では急にカメラを向けられたら大抵の人は撮影を断ります。しかしアメリカ人はユーモアがたけている為、カメラを向けられたら何も聞かず笑顔でポーズをとってくれます。そして写真を撮ったら握手してハグをして笑顔で別れます。その際に私の名前を名乗り、相手の名前も聞くことでより友好関係が出来上がります。そんな調子で英語を話すことなく2か月過ごすうちに、私は周りとのコミュニケーションがとれるようになっていました。 英語が話せなくても充分に留学はできます。世界万国共通なのは英語ではなく感情なのですから。
この口コミは参考になりましたか? URL
- アメリカへの投稿
- 国民性5.0
- 元滞在者(滞在期間:2012年1月~2012年3月)2016/01/27
- アメリカに留学するなら英語を学びに行くという方が多いかもしれません。しかし半年以下の留学では英語力を身に着けることは困難です。私は2か月という短期留学ではコミュニケーションを学ぶことを目標としました。 コミュニケーションといっても様々な方法があります。そこでまず私はジョークをしました。筋肉質であるアメリカ人相手に「ユア マッスル」と言い、細身の私は「アイム ボーン」と言います。そこで笑顔になってくれるのがアメリカ人です。その後は万国共通である笑いネタを考え、おならを「ポイズンガス」などと称したりして笑いを得ていました。 私は日本から書道用具を持参しました。留学生活の中、心を落ち着かせるためです。図書を利用して書道を行い、書いた作品は近くの人にあげていました。漢字を書いて、その下に英語で意味を書く。皆喜んで受け取ってくれました。他にも私は空手を学んでいます。頭の上に乗っているアルミ缶をまわし蹴りで蹴り落とすなど、空手の技を披露することで歓声を受けていました。そしてこれら日本の文化を他の学生らに教えることで、より交流が深まりました。するといつの間にか、私は周りから自身の名前をJuniまたはJunoと呼ばれるようになりました。コミュニケーションを深めるうちに、ニックネームを与えてくれたのです。 コミュニケーションは会話だけではありません。仲を深めるコミュニケーションは他にもたくさんあります。あなただけのコミュニケーションを用意してください。
この口コミは参考になりましたか? URL
- コー大学への投稿
- 交通5.0
- 元在校生(通学期間:2012年1月~2012年3月)2016/01/27
- 日本とアメリカは違います。銃社会であり、拳銃一つ突きつけられるだけで犯罪に巻き込まれます。故に出歩くときは常に危険が伴います。「アメリカは危険なので外に出るときは2人で行動すること」と留学初日に言われました。 しかし私はとても行動派です。当時若かった私は危険を顧みず、留学中は一人で学外を出歩きました。街並みはとても落ち着いており、まるで映画に出てくるかのような雰囲気でした。Coe Collegeの付近はスーパーマーケットが一つあるのみで、より大きなスーパーマーケットに行くには約6km先にあります。私はそこまで歩いて行きました。そこでは銃も売っており、服や私生活に必要なものが揃っていました。私はお土産などで荷物が一杯になったので、帰国に必応なキャリーケースを購入して6km抱えて寮へ帰りました。 私が外出で一番印象に残ったのはトウモロコシ畑です。日本にもあり、特に珍しくもない光景ですが、ここアイオワ州ではトウモロコシの産地として有名であり、トウモロコシ畑が永遠と続いているのです。トウモロコシ畑を見ると水平線上にかけて広がっており、奥には建物一つない、日本では決してあり得ない光景の畑です。地球の丸さをトウモロコシ畑で実感したのはとても印象的です。 アメリカは広いため、日本の町から町へとの距離間隔が違います。Coe collegeから外へ出るときは、自転車を貸してもらうか自動車に乗せてもらうことをお勧めします。
この口コミは参考になりましたか? URL
- アメリカへの投稿
- 住まい5.0
- 元滞在者(滞在期間:2012年1月~2012年3月)2016/01/27
- アメリカへ留学行くと決めた時から絶対に行きたいと思っていた場所がありました。知人がいるミズーリ州です。最初に予定表をもらった時から休みが続く日を見つけて、バスでCoe Collegeのあるアイオワ州からミズーリ州までの行き方を調べました。アイオワ州からミズーリ州までは約500kmで、日本でいうと東京から秋田までの距離です。 しかし、大学側が行くことを許してくれませんでした。学外へ出かけることは責任を自分自身で負うことになるからです。事故があった際は学校は不干渉だということを約束して、日本にいる両親にまで連絡がいき日本で誓約書を書いたそうです。 ようやく外出の許可を得た私はバスで8時間かけてミズーリ州まで行きました。ミズーリ州は半円形のアーチが有名です。遠くからでも見ることのできる大きなアーチは中に入ることもできて、エレベーターで上に上ることも可能な観光スポットの一つです。Coe Collegeの付近にはカジノがありません。なのでこのミズーリ州にてカジノへも行きました。治安があまり良くないとのことなので長時間遊ぶことはしません。ミズーリ州の公会堂では日本人の旅一座が講演をしており、久しぶりの日本舞踊を拝見したことを覚えています。 留学中に学外への旅行は、事前にCoeCollegeに行くことを知らせておくべきです。
この口コミは参考になりましたか? URL